骨清窟

西田幾太郎は財政的に豊かではなく、京都帝国大学で教鞭を取っていた52才の時に初めて自宅を購入しました。

当時の自宅は書斎にはテラスが設けられており、西田を訪ねる人々は、玄関を通ることなく、直接書斎へアプローチできました。

西田はこの書斎に室町時代の禅僧寂室の詩に基づき「骨清窟」と名付けました。

1974年西田邸が取り壊される際、書斎「骨清窟」部分のみ故郷かほく市(旧宇ノ気町)へと移築されました(旧西田記念館横)。

2010年に石川県西田幾多郎記念哲学館敷地内へ、再度修復移築されました。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

道端の秘密基地 ★アグリツーリズモNora★

インマヌエル金沢キリスト教会

関連記事

  1. 御所さくら公園

  2. シグナス

  3. からくり記念館

    金沢市大野町に住み活躍した幕末の科学技術者・からくり師 大野弁吉の業績を紹介する杵間として1996年…

  4. 松南小学校

  5. 栢野菅原神社

  6. ハイパーホテル小松

  7. 長流亭

  8. 安産日吉神社

    石川県白山市美川地区にあります。日本で唯一「安産」の名前がついています。 創建年代は不詳です。1…

PAGE TOP
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。