和田家の次男が分家して酒造業を営んだのが始まりです。建物は石川県の宮大工によって10年の歳月をかけて建てられた江戸時代後期(1850年頃)の建築で、従来の合掌造りの構造に新しい技術を取り入れた完成度の高い4階建てとして知られています。直径60cmもの松の梁や大黒柱など随所に見事な大工技術が施されており、1階の囲炉裏は現在も現役で使用されています。
気多大社
本願寺吉崎別院(西別院)
1969年創立。鉄リサイクルによる高品質の鉄筋コンクリート用棒鋼の生産に取り組む、鉄のリーディン…
1875年に高岡城本丸跡(現在の高岡古城公園)へ遷座した越中国一宮で、越中総鎮守として厚い信仰を集…
正式名称は入善まちなか交流施設うるおい館。2007年前後に完成した複合交流施設です。入膳駅前通り沿…
1900年の高岡大火以降に、当時のお金で約10万円の巨費を投じて建てられた家です。菅野家は高岡の…
建築家の竹山実が設計し1992年に竣工した、4本の巨大な煙突状の屋根が特徴的な多目的ホールです。例…
山あいを流れる庄川のわずかな河岸段丘にある菅沼集落には、現在9戸の合掌造り家屋が残っています。合…
海王丸が停泊する臨港パークを含む、富山新港エリアを結ぶ橋です。塔高124m、全長600m、橋げた47…
富山県に5か所、うち魚津市に2つある分水槽の1つです。1955年に完成。直径9.12m、水の落差…